今日、わたしはお皿を洗わなかった

幼い子のお世話に追われながら日々を過ごしている親御さんに、そっと寄りそってくれる詩があります。

コロナ、育児疲れ、赤ちゃん、室内
訳:伊藤比呂美 画:下田昌克 出版社:福音館書店

『今日』   伊藤比呂美 訳

今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつはだんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが 床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだと思う

人に見られたら なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしていたの?とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日 何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことを していたんだって

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ

おかあさんたちの声なき声

ニュージーランドのある子育て施設の壁に貼られていた詩が、英語圏を中心に広まり、日本では詩人の伊藤比呂美さんが翻訳し出版されています。
作者不詳ーよみ人知らずのままネットを通じて広まり、多くの親御さんたちを癒やし励ましてきました。

数年前から、子育て中のおかあさんを中心にネット上で話題になっているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

赤ちゃんのお世話や慣れない子育てで右往左往しながら、心身ともに消耗しすり減っていく毎日。
不安と孤独に押しつぶされそうな日々。
そんなおかあさんたちの日常を淡々と綴りながら、最後にそっと寄りそってくれる内容です。
小さなお子さんを持つおかあさんだけでなく、成長したお子さんのいる方やすでに子育てを終えた方も、この詩を目にしたとき胸がいっぱいになるといいます。

ほどよい ここちよい

2020年の今、この詩を見て胸がいっぱいになるのは、”おかあさん”だけではないかもしれません。
おとうさんかもしれませんし、おじいさんやおばあさんであるかもしれません。
ひょっとしたら、保育士さんも同じような思いを抱くこともあるかもしれません。

子どもの世話をしたりずっと一緒に過ごすことは、嬉しい反面、それだけ大変なことなのだと思います。
どうしても頑張れないとき、ポジティブになろうとしてもなれないときは、肩の力を抜いてしまってよいのだと後押ししてくれるところが、『今日』の魅力の一つではないでしょうか。

頑張ってみたり、手抜きしたり
楽しく過ごしたり、だらけてみたり。ここちよさは変化するもの
その日そのとき、無理をせずここちよくいることが、大人にとっても子どもにとっても良いことなのだと、今は思います。

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